曾祖父の遺した刃物と技術を携え、熱帯林を駆けた幼少の頃は、自然が無二の友であり、それの齎す脅威が最大の敵だった。幾日も独りでこもり、食糧を自給してはその奥深くを巡ったものだ。
 内戦で故郷を焼かれた後には、生きるための新たな術を求め、国軍へと合流した。同期らと部隊として群れる強かさを掴み、市街、森林、湿地、山岳、海岸、湖畔、多くの戦場で、多くの戦闘を彼らと共にくぐった。
 しかし、流れる血と零れる命の数が、その限界を語っていた。一個体の群れで戦うだけでは、戦場を最後まで生きることはできない。単独の集合体として結実した存在が必要だった。だから私は国軍を退き、環太平洋の果てに身を投じたのだ。
 環太平洋地域技術系軍事保安企業(エレイン・テック・アンド・リサーチ)で得た増設知覚インプラントは、私の過去を戦場で彷彿とさせ、間もなく現在に引き戻した。
 ひとりで森を駆け、猪や猿、鳥、蛇、魚を追い、刃物と罠を駆使して仕留めていた幼き頃を。私は自覚したのだ。
 戦場が無二の友であり、敵であり、そして最期に、私を抱いて死を齎す領域であることを。

 ベイらと別れ、想定作戦区内のビル群の一室へ潜伏したドラは、組み立てた二〇_狙撃銃を室内に据えた。脳機制御インターフェイス・システムのケーブル端子を、頸部ポートと銃身の制御機器に接続、電脳移植素子による脳機火器制御体制へ移行した光学照準器をのぞく。ドラの意思判断を解釈反映した脳機制御ISが、暗視界認識機能を起動すると共に照準器の倍率を上昇させる。距離二九七b前方、立体縦貫道脇の非常用階段に、メイナードの禿頭を捉えた。増設知覚インプラントを高度稼働、周囲に危険のないことを確認してから「いいわよ」と、伝えた。
 階段から路上へ染み出したメイナードが、またたく照明灯のしたで敷設作業に取りかかる。第一迎撃点に立体縦貫道を選定したのは、メイナードだ。市域庁舎から展開すると仮定している地上部隊が、こちらの存在を察知していないとして、また、逆にそうでなかったとしても、進行に使用し得る経路を、メイナードは戦闘工兵としての経験と、それに基づく直感を頼りに割り出した。
 ロサも、輸送ヘリ群の牽曳戦力は陸戦機兵であり、降下展開後の移動能力はほぼ陸路に限定、市街交通路の多くが爆撃或いは類似手段による破壊状態にある以上、安全度と効率性の折半で優先して立体縦貫道を使うだろう、と解析していた。それも彼の判断の一助となっていた。
 切り替えた確保視界の遠方空域では、輸送ヘリ群が中継目標と推測される市域庁舎への進行を継続している。行動班の各自展開から約一〇分、そろそろ群団が降下展開域に到達する頃である。実際、群団の飛行速度は徐々に低下してきていた。廃棄都市に縁のない勢力であれば、上空偵察による初動安全確保の後、着陸降下行動を開始するだろう。
 大したものだ、とドラは心のなかで息をつく。指揮格のベイは可能性という前提を置いてなお、慎重な言葉を選ぶ。しかしその実、あの男は明確な戦況の末を見ているのだろう。
 彼が環太平洋最大規模の準主権企業であるハンズ、その軍部に属していることは、ドラ自身もこれまでの接点から関知している。戦役の黎明期には、現地法人の増設を目的として投入された先遣作戦部隊の将校であった、ということについても、本人の言により明らかになっている。聞くだけの経歴ではどうにも、ベイという男の人格を解するには不足していた。どれほどの現場で、どれほどの場数を踏み、どのような経験を重ねてきたというのか──。
 未確認勢力の目標が仮に重複しているとして戦闘に発展した場合、わずかでも不利を被れば純粋戦力数に劣るこちらが退かざるを得ない結果になるだろうことは、容易に推測できる。彼が既に直接戦闘が不可避であることを確信しているとすれば、それは非常なリスクを強いられるものになるはずだ。
(──それでもやろうって事は、なにか他の手管があるってことね)
『──老害には堪えて仕方ない』
 低出力無線からの声に、ドラは照準器をのぞいたまま応答した。
「なにが」『──あのふたりだよ』「あんたがだらしないだけの話でしょう」はは、とメイナード。「互恵が成立している限り、関知しないわ。私たちは同属じゃないもの。各自の領分という所では、皆同じ。あんただってね──臭うわよ」増設知覚インプラントにより鋭敏化している嗅覚機能が、メイナードの兵服に染みついた煙草の臭気を簡単に拾う。『──代わりに酒から抜けられたがね。でなければ、とうの昔に骸を晒していた所だ』ドラはため息をついた。
「あんたは地獄行きね」『──お前はどうだ、ラフィ(・ ・ ・)』と、メイナード。ドラは鼻を鳴らした。
「……あたまに生傷がひとつ増えるわよ。意味のない問いね。なにもないわ。これまでも、これからも。私の戦場()がある限り。あんた達と共同したことも、結果でいえば、私自身の証明に繋がったしね……」
『恨みでもあるか』と、メイナード。「結果でいえば、て言ったでしょ。あくまで」
 ドラの母体組織であり、EOE筆頭の主導する有志企業連合に与したエレイン・テック・アンド・リサーチは、アフリカ地域における開発技術の市場確保と販売促進の為、シクロ社ほか、いくつかの現地法人と提携し、エンカルナ戦役に臨んだ。もはや腐れ縁といって差し支えないメイナードと知己の間柄になったのも、その経緯があってのことだ。軍事教練業務を売りとするシクロ帰属のメイナードとその隷下である退役兵ら、そして彼らが育てた精鋭部隊と共に戦役で結果を残し、それがエレイン社の戦役後の躍進に導くはずだった。
 性能評価試験を経て実用化直後だった最新規格の増設知覚インプラント兵装を携えたドラには、その役割を全うする技量と、資質があった──が、エンカルナ戦役の惨禍が、すべてを頓挫させたのだ。
 それでも、ドラは戦いを放棄しなかった。彼女という女傑は、己の領分を幼少のころから強く自覚している。
 そして言葉の通り、自らの生存を持って彼女は力を証明し続けている。
『──お前もたいがいだな』「取り残された以上、上等なことは言えないけど……あんたにだけは、言われたくないわね」ドラは強く、意図をこめて言った。
「輸送ヘリが庁舎上空、降下可能空域に展開。安全を確保したみたい。陸戦機兵の着陸降下態勢、確認──」
 間もなくして、市域庁舎上空に展開する輸送ヘリ群に吊るされた陸戦機兵が、分隊規模にわかれて順次降下を開始した。
『──あの男の予言通りになるか。急がんとな』と、メイナード。ドラは優先目標へ向け先行中のベイらへ無線を飛ばした。
「ロサ、こちらドラ──陸戦機兵が降下を開始、展開座標、市域庁舎と適合。あんたたちは?」
 ベイに繋ぐ、とドラ。すぐに通信体制へ合流したベイが応えた。『──目標難民救済センター(R  C)の手前、二五〇〇あたりにきている。進路被害が深刻だが、当初の想定内に収まるだろう。メイナードはどうだ』『──始めたところだ。陸戦機兵が主力な以上、対機地雷の火薬量を上限にしておいた。進行経路に間違いがなければ、粉微塵だろうよ』『──念入りだな』と、ベイ。『──特に、今回のような不明機の際は、最高火力での先制に期待せんとな。まあ、素性がはっきりせんことには使えんが。初撃は、内破に留めて様子を見るが、構わんな?』『──問題ない』と、ベイ。戦力規模で遥かに劣るのなら、不用意な交信行為による存在の露見は、最悪の場合速やかな部隊の壊滅に繋がりかねない。相手にあえて刺激を加えることで、その後の出方を見極める必要があった。
 ドラは第一迎撃点の位置座標と周辺地域の詳細をデータリンク上のポリゴンマップへアップロードし、報告を続けた。
「第一迎撃点より手前に地上市街を使う最短経路がある。そちらは第二迎撃点から妨害するけど、地雷敷設の猶予はないわ。後背からの追狙撃になると思うから、完全な足止めは難しい。ベイ、注意して」考慮しておく、とベイ。「そういう事態にならないよう、皆で祈りましょう」『──まだ信心を落としてないやついるか?』と、メイナード。
 メイナードは地雷の敷設地域に現地点を選択したが、測定直線距離だけを見れば最短経路は、立体幹線道上はるか手前にある。北方の立体幹線道を途中で逸れ、地上市街を走破する経路がそれに該当する。しかし、主力部隊がその最短経路を利用する可能性は、ほぼありえないとメイナードが予測していた。障害地域敷設に伴ってドラが事前観測した限りでは、地上市街はその大半が深刻な爆撃被害を受けており、主力機兵部隊が進行するには困難な状態下にある。
 極度に逼迫していない限り、主力機兵部隊が最短経路を使う可能性は低いといえた。
仮想脅威群(ランドトルーパー)が、RCの位置情報を把握するまでの猶予に、然程期待しないほうがよさそうね。手早くすませましょう」『──状況は逐次報告を』「了解。──待って」浮上した異変に鋭く反応したドラは増設知覚インプラント群を傾注、知覚警戒域遠方から接近する擦過音を捕捉した。音源方向は、陸戦機兵部隊の降下展開した市域庁舎方面。音源種はさほど大きくなく、中型移動物体の発する駆動音である。
 現在の市街状況に於いて、その種を発することのできる存在は、ごく限定されている。
「市域庁舎付近に動体反応ひとつ、検出。近づいてる。──最悪ね。陸戦機兵よ」
『──気取られたか』と、ベイ。彼の声は、冷静が充分に保たれている。ドラは電脳外部記録野の戦域環境記録を輸送ヘリ群の発見時にまで遡って精査したが、その限りでは、ベイのいう可能性の発端を特定できなかった。
「なんともいえない。移動中に感知されたのなら、その時点で何かしらの動きがあったはず。陸戦機兵の着陸降下地点からは距離がありすぎる……。先行哨戒にしては数が少ないけど、明らかに目的を持っている動きだわ。もう少し、探ってみる」ドラは意識を傾注し、増設知覚インプラント群の稼働出力を劇的に上昇させた。高高度稼働する増設知覚が動体反応を細やかに捉え、解析された情報を副視覚野へアップロードしていく。
「──背部運搬台(キャリア)に随伴歩兵を載せてる、スポッターかしら」陸戦機兵一機に対し、随伴歩兵を単独同行させる利点があるとすれば、後方支援要員程度だろう。しかし、索敵を含む情報収集力に於いて一歩兵が陸戦機兵に優ることはない以上、その構成は特化任務班であるとも考えられる。
 実際、陸戦機兵の移動速度は突出しており、ドラはもうひとつ、随伴歩兵が陸戦機兵に匹敵し得る戦力なのでは、という可能性を考えていた。
 ドラは立体縦貫道と周囲市街の確保視界を集中解析、動体反応の早期発見を試み、しばらくして縦貫道上から速度七〇`毎時で接近する陸戦機兵の機影を照準器内にとらえた。ドラは情報収集に傾注、その二三分後に陸戦機兵が西方三.五?地点の縦貫道インターチェンジに到達し、ドラは会敵の可能性が現実味を帯びてきたと実感した。
『──障害地域に地雷を設置した。やっこさんは今どこだ』と、メイナード。照準器の確保視界を副視覚野に転送出力、視線を縦貫道路上へ移す。メイナードが腰を叩きながら立ちあがろうとしていた。わざとらしい、と心のなかで呟いたのと同時、ドラは陸戦機兵の移動速度の急上昇を察知した。視線を戻した照準器内の陸戦機兵の運動姿勢が、純戦闘態勢へ移行している。
「──陸戦機兵、速度をあげたわ。随伴歩兵がいない」
 どこで、と考える間も要さず、限られた可能性に行きついた。
 インターチェンジを通過した一瞬か──。南方縦貫道前のインターチェンジ内を通過中に、そこで随伴歩兵を投下したのだ。屋内からでは直接視認できないインターチェンジの施設モデルマップを副視界に限定出力した。施設は車道が多層構造になっており、内いくつかは複合産業ビルの内部を通っている。そのなかであれば、増設知覚インプラント群が収集し得る情報精度にも限界がある。
 ドラは危機が直前に迫っていることを察知した。
 気付かれていただけではない──狙われている。
 ドラは無線通信の交信方法を肉声から脳波素子入力へ変換した。
──メイナード、狙われているわ℃巨を再度縦貫道上へ向け、メイナードが冗談じゃねえぞ、という表情をつくった直後、彼の身体がどん、と押され、鮮血と共に飛んだ左腕が路上に転がった。
 その瞬間は、はた目には左腕が前触れもなく爆ぜたようであったが、ドラは自らの備える高運動眼球と増設知覚機能群によって、後方三五六〇bはインターチェンジ施設付近から飛来した徹甲弾の姿を捉えていた。それがメイナードの左腕を二の腕半ばから吹き飛ばしたのだ。数秒遅延して重厚な銃声が市街に轟く。
『──くそ、撃たれたぞ……』メイナードが毒づいた。意外に冷静な言動に、ドラはくすりとした。『──どうなってやがる』続いた悪態の後、ドラはベイとメイナードに向けて告げた。
──狙撃は陸戦機兵じゃない、随伴歩兵のほうよ=w──そんな芸当ができるのか……』
 メイナードが狙撃されるまでの一連を瞬時に吟味し、ドラは既に随伴歩兵の実態について確信を得ていた。
──難しい話じゃないわ、私たちにとってはね。随伴歩兵はたぶん、私と同じ増設知覚インプラント兵(E P I S)──降下着陸の前後で、目視外射程から私たちの展開に感づくほどには、やばい相手よ≠ュそ、とメイナード。
──敵対的勢力だということは、明白ね。応対行動に出るけど、問題は?=w──相手にできそうか』と、ベイ。
──私を信じてみるかしないわね。おとなしくしていて、メイナード。やばい方の相手は、私がする=w──対処を任せる。こちらは目標接近を継続する』ベイが無線通信から離脱する。──メイナード、あんたもなかなか根性あるのね。変に騒いでたら、私の位置が気付かれてたわ
『──腕いっぽんに見合う結果になればいいが……』メイナードは重傷を装い──傷の程度はそのとおりのはずだが──、前のめりに路上の漏斗痕へ転がりこんだ。
──すこしの辛抱よ。うまく誘導して
 難しい話ではない、と傷を負ったメイナードの手前そう説明したが、事実は全く違う。
 射手がインターチェンジ施設から加えてきた遠距離狙撃の前後状況を吟味したところ、メイナードを目視内射程に捕捉してから攻撃するまでの準備時間が短すぎた。そして初撃を命中させ、かつ、メイナードを一時的に行動不能に陥らせるよう狙ったのだ。メイナードの腕が飛んだのは、致命傷部を逸れたのではなく、予め狙われた結果だった。増設知覚インプラント兵ならば、それだけの所業をやり遂せることはできる。
 しかし、あらゆる知覚機能に特化した者といえ、簡単にできるという訳でもない。たった数秒の一連のなかで、ドラは同業者たる敵の力量を推し量ることができた。
 ならば、それに対抗するしかあるまい、とも。
『──動きはどうだ』
──目視外だけど、射手に動きはない。こっちを見てるはずよ。陸戦機兵が立体縦貫道を接近中、移動高度はあんたと同じ。着陸降下地点の主力機兵部隊もまだ動いていない。地雷は? 使える?≠あ、とメイナード。ドラは障害地域に敷設された対機地雷各種の敷設図面をデータリンクに転送させ、その情報を精査した。
──あんたの後方五五四b、機兵接近=w──聞こえてる』心底忌々しい、というような声音だ。──お怒りの様子ね=w──時代に取り残された老兵のたわ言だ』ドラはあえて、返事を返さなかった。  やがて、ドラの確保視界に、陸戦機兵がその姿を現した。高速移動手段の全方位駆動輪を停止し、肢脚前進で警戒接近を試み始める。展開射角の関係上、ドラからはインターチェンジ方面を目視することはできない。しかし、後方三・五?の増設知覚インプラント兵が周辺環境を解析、逐次情報を共有しているとみてよいだろう。
 身じろぎひとつでも迂闊にすれば、潜伏場所の速やかな露呈に繋がる。
 ドラは周囲世界との同化に勤めた。意識し、無機質な静謐のなかで、息を深く、細く、長く吐く。まだ潜伏は察知されていない。
 陸戦機兵は地雷原の脅威を探知していないらしく、前進を継続する。メイナードの周到さが優ったといえるだろう。やがて陸戦機兵が地雷原の最大加害域へ踏み込み、ドラは敵の位置座標をデータリンクのモデルマップ上に表記、メイナードが先制に踏み切った。
 遠隔作動した電磁地雷(E M P M)が過剰電流を発し、陸戦機兵の挙動が一瞬停止する。しかし、直後の微小な初動作を見逃さず、メイナードが対機地雷を作動させた。殺傷力を限界まで高められた爆薬が地面を抉り、轟音と共に噴煙を巻き上げる。瓦礫とつぶての雨が降り、ドラの潜伏する雑居ビルの外壁を叩いた。
 ドラは増設知覚機能を傾注、爆発の噴煙と震動、残響音が混在する地雷原のなかを探り、陸戦機兵の生存を瞬時に感知した。損害は与えたが行動不能には至っていない。
──陸戦機兵の展開確認。突出してくるわよ=w──化物か、そいつは』と、メイナード。ドラも同感だった。EMP地雷の被爆直後、追加攻撃を予期して回避運動を行なったのだ。機体の性能と共に、乗り手の技量の程度も推し量れた。それ以上の応対戦闘を遂行するだけの余裕がなければ、戦慄するしかなかっただろう。ドラはほほ笑んだ。
 噴煙の僅かな揺らぎの中に陸戦機兵の挙動を捉え、二〇_対物狙撃銃の引き金を絞った。徹甲焼夷弾(A P I)が噴煙から突出した陸戦機兵の頭部装甲を掠め、後背の土中に埋設された地雷を貫く。陸戦機兵に対する地雷の奇襲を確認した後、ドラは追射撃を中断、その場から飛ぶように床へ伏せた。
 目視外標的のドラを狙った徹甲弾がビルの外壁を粉砕し、室内に破片をまき散らす。ドラの潜伏を感知した随伴歩兵からの応対狙撃だった。破砕片の嵐が吹き荒れる中、ドラは身をかばいながら姿勢を低く保ち、移動を開始した。
 敵随伴歩兵の死角となる崩落した通路の縁へ移り、路上を覗くと、呼吸を合わせたメイナードが行動に出ていた。漏斗孔の縁に積もった瓦礫の隙間に腕を伸ばし、手に持った榴弾銃で攻撃をみまった。
 陸戦機兵の胸部前面装甲を着弾点に、爆炎が全身を覆う。着弾の瞬間、弾頭が粘土のように潰れたのをドラは見ていた。粘着弾頭榴弾(HESH)は通常歩兵が陸戦機兵に有効打を与え得る数少ない手段だが、それですら、現状に於いては事態の好転に不足しているようであった。
 内部装甲の剥離被害はあった筈だが、陸戦機兵は進撃を続行、黒煙のなかから再び現れ、漏斗孔の縁へと接近する。
 その中で待ったメイナードは機兵が縁を乗り越えた瞬間を狙い、レッグシースから抜いたコンバットナイフの刃先を肩関節複合繊維部に突き入れた。うまい具合に内部を貫通し、搭乗者に致命打を与えたらしく、陸戦機兵の巨体がその場でどすん、と膝を落とす。ドラは呆れを交えた笑みを浮かべた。
 ナイフ一本で陸戦機兵を殺すとは──。老兵の狡猾さが勝ったか、単に運が味方したか。
──無理やりね。悪くないけど=w──つ。最後に信用できるのは、この身と共に枯れてきたものだけだ。まあ、流石にひやりとしたが……』と、メイナード。──早く止血して。追撃されるわ=w──お前ら(・ ・ ・)はいつも、無茶いいやがる』
 ドラは音響手榴弾を周囲に放り、既に展開位置を特定済みの随伴歩兵への直接射線を確保できる狙撃点へ、さらに移動する。随伴射手が動くことはないと確信していた。超遠距離からの狙撃手段と増設知覚機能を備えているとなれば、そうする動機などない。
 ドラが同種兵である事は感知されていない筈だが、膠着状態が長引けば、いずれそれも気づかれるだろうと、ドラ自身危惧していた。
 階段踊り場の手すりにアンカーをかけ、ドラは狙撃銃に二〇_徹甲榴弾を装填、窓辺から銃口を外へ向けた。その方位は、縦貫道インターチェンジ設備方面、縦貫道路を跨ぐ架橋上。副視界内のモデルマップ参照と併せ、脳機制御で狙いを最適化しておいた照準器のなかに、無力化目標の素顔を捉える。
 女だ──。熱源の出現を捉えたらしい増設知覚インプラント兵も大口径銃を転回、ドラへ向けた。視線が交錯したことを、ドラは感じた。
 相対狙撃距離は直線三五三三b、ドラの持つ増設知覚機能群が狙撃環境情報を瞬時収集、解析システム群が照準を最終修正する。目標視認から一・三四秒後、ドラは引き金を引いた。敵射手もほぼ同時に銃火を煌めかせる。二〇_徹甲榴弾が着弾するまで五秒ほど。
偏差射撃が必須の距離である以上、双方の目標は狙撃から離脱した約三秒後の位置空間である。ドラは得物を抱え、背中から手すりを越えて螺旋階段の吹き抜けへ落ちた。固定アンカーがロープを引っ張り、一階床下の踊り場へドラを導く。着地したドラは壁際に身を押しつけた。撃ち込まれた徹甲榴弾の爆発が、上階を吹き飛ばす。
 木片と石壁の礫が頭上をばらばらと降るなか、ドラは手近の窓から再度、照準器を覗いた。すでに着弾した二〇_徹甲榴弾は目標の架橋設備橋脚を直撃、爆砕していた。老朽化していた橋脚が自重に耐えられず決壊、架橋設備が増設知覚インプラント兵を巻き込んで倒壊していく。瓦礫のひとつが頭を潰し、その姿も噴煙のなかにまぎれて消えた。
 間もなくして倒壊の轟音が市街に反響、ドラは、ふ、と息を吐き、封鎖していた無線通信を開いた。
──ロサ、こちらドラ。先行の陸戦機兵と随伴歩兵は無力化したわ。妨害した以上、主力部隊は相応の行動に移るでしょう。急いで@ケ解、とロサ。共有回線にメイナードとベイが加わる。
 直後、広域展開中の増設知覚機能群が状況の異変を感知し、ドラは舌打ちした。市域庁舎付近から接近する群体駆動音があった。陸戦機兵部隊の着陸降下地点から四機、増援と思しき機兵音源が立体縦貫道への展開を開始したらしい。先の陸戦機兵と随伴歩兵からの連絡途絶に対応してのことだろう。それから僅かな間を置いて、主力部隊の運動反応も発生した。
──まずい。増援機兵が縦貫道へ接近、主力部隊が後続している。増援の先行判断で、主力部隊が経路を変えるかもしれないわね。第一妨害点の効果は達成したと見て良いけど、状況は芳しくない。第二妨害点へ移動するわ。傷は、メイナード?≠竄竓ヤを置いて、メイナードが応答をよこす。──医療用マイクロマシンで応急は済ませた。先行して第二妨害点へ行け、あとから合流する……
──わかった。気をつけるのよ?∞──お前はお袋かよ……<hラは声に出さず微笑んだ。笑っただろ、とメイナード。
──ベイ、敵は斥候の機兵と増設知覚インプラント兵を失って、相当警戒しているわ。第二迎撃点での妨害がうまく行くかどうかは怪しい。ベイ、今回ばかりは目的を諦めても良いのよ?
 ふむ、とベイ。『──だが、沿岸地域の難民居留地の実在性を考慮すると、今を見逃す訳にもいかない。この衝突は、我々の必定だったということだ。いま、目標難民救済センターの近くにきている。間もなく施設内部へ進入する』ベイの言葉に意地などの感情の類はない。冷徹に現状と今後の展開を吟味したうえでの判断なのだろう。ドラはそれに対抗するつもりはなかった。
 ドラは問いただした。
──対抗策はあるの? 主力部隊を相手にしちゃ、生き残れる見込みは薄いわよ
 彼が行動策なしに作戦続行を明言することはない。それにロサが応えた。
『──無力化した陸戦機兵の状態は。使えるか』
──形は残ってるけど、どうかしら。……誰か乗るっていうの?<hラは意図して、その問い方をした。
『──モノによるが。可能なら、私が試そう』やや間を置き、ロサが静かに応答する。ドラはその言葉のどこかに、僅かな違和感を覚えた。
 初耳だな、とメイナード。しかし、彼のそれに驚嘆などの感情はない。それはドラも同様であった。
 以前から予期していたことだった。
 運用兵器としてその特殊性が高く、故に他兵科の者が容易に予測できない陸戦機兵の素性及び作戦行動を、ロサ・エレディアは確信に満ちた態度で行動班に示していた。EOE傘下企業空挺部隊の降下兵というこれまで聞かされてきた経歴に沿わぬその事実が、ドラの予期に一定の確度を齎したのだ。
 陸戦機兵を制御できるか、という問いに対し、ロサが最低限というにも乏しい肯定を示したことについても、ドラは不満を持っていなかった。単純に陸戦機兵操縦士というだけならば、それを現在まで秘匿する意味はなかった筈である。ドラが脳裏で予測する限りでは、ロサ・エレディアが経歴を明らかにしなかったのは、彼女がそれを容易に公にできぬ立場の人間であった、また或いは、現在もなおその立場にある為である、という可能性を示唆している。
 運用資格過程や兵科選抜訓練で触れただけ、という程度の経歴ならば、今、この状況でそれを暴露することはないだろう。戦力以下であれば、現状の打開に於いて余計以外の何にもならない。
 ロサがいま、敵陸戦機兵の鹵獲及び使役を提案したのは、それが作戦継続を可能にする有効策になり得ると考えているからにほかならない、そう解釈できた。
 ドラはその裏付けに、ベイがロサの提案に異論を唱えていないことを加えた。
 ロサが陸戦機兵であるという事を、ベイが知らなかったということはおそらくありえない。彼らと行動を共にするようになったのは、ドラとメイナードが共闘してアフリカ以南戦線を北上していた一年近く以前のことである。それより前、同じ体制派組織にふたりがいたのなら、ベイが当時から彼女の素性を把握していたとするのが、事実として自然といえるだろう。
 仮に把握していなかったのなら、たった今ベイも知らされたというのなら、彼が鹵獲機兵の使用を許可する筈はない。つまり、ベイはそれを確かな戦力として作戦に計上したのだ。
 今ここで、ドラはそれ以上のやりとりを控えることにした。踊り場の非常用扉から屋外階段を使って屋上へ出ると、ドラは第二迎撃点への中継経路となる隣接ビル外壁に向け、移動索発射銃からワイヤーを放った。固定強度確認の後、迷いなく中空へと滑走する。
──情報収集を継続、同時に第二迎撃点へ移動する。急いで、ロサ。嵐がやってくるわよ




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