ロサ・エレディアは軍務と拘縛の謳う大義に厭いて後、自身の示した指針に準じて、戦場に身を投じ続けてきた。
 彼女には、その世界に囚われ、埋没してゆくだけの存在ではないという確証があった。
 機兵乗りとしてのその心は自由の海を漂い、鋼鉄の脚は羽根のように軽く、手は常に未来を指差していた。凄惨な戦闘を全うしようと、血に塗れた手と足が氷の如く冷え、理性も圧壊しそうになろうとも、そのなかで、自ら望み、争いに臨んできたという事実を忘れることはなかった。
 過去の戦乱で掲げるに足る理想などなかったが、戦い続けるに足る動機と信念を湛え、どんな場所であろうと、報われぬ戦闘であろうと、意思の燃える限り、その世界を渡ってゆくのだと、ロサ・エレディアは知っていた。
 エンカルナ戦役(たった一度の戦乱)で全てが灰燼となった現在でも、彼女のなかは変わらない。しかし、自らの全てを映した陸戦機兵を失って以後、彼女は明らかに飢えていた。
 そして、最早、目をそむけてはいられない。
 いまだ褪せぬ烈火の記憶が、実態を伴って現れた瞬間、彼女は強く自覚した。
 かつて、機兵乗りとして謳歌した自由──そこへの帰還を希求していたことを。

 ベイの許可を得て後、ロサは最大出力の合成義肢を扱い、移動時間を大幅に短縮して目標戦域へ合流した。闇のなかを屋上伝いに跳躍、静粛を保って路上へ軟着陸し、間断なく建物の陰へ身を潜ませる。周囲に燃焼した火薬の臭気が漂っていた。
『──増援部隊、北西一六`地点を進行中よ。移動速度が速い、急いで』と、ドラ。ロサは路上に沈黙している陸戦機兵を望遠視界に捉えた。その限りでは、機体は完全に機能を停止しているようである。
『──バイタルサインの確認はできとらんが、恐らく死んでる』と、メイナード。ロサは脳波素子通信で応答した。 ──原型は留めているか?=w──わからん。胸鎧装甲にHESHをぶち込んだが、平気で動きおった。対破片繊維(ライナー)を使っていたなら、然程傷ついてはおらんかもな。首が転がっとるかもしれんが、期待しすぎるなよ……』
 そのあたり、ロサは充分に考慮していた。路上の瓦礫や漏斗痕を避けて跳躍し、苦もなく陸戦機兵の機体へとりつくと、搭載センサ群を用いて陸戦機兵の状態をより詳細に解析してゆく。
『──しかし、ロサ、お前が機兵乗りだったとはなあ……』
 負傷をかばっている為か生気に欠ける声で、メイナードがつぶやく。ひとりごとに近いその言葉に対し、ロサが何かしら応答しようとしたが、それを察しかのようにドラが割り込んだ。
『──私達だってそうだったし、干渉することじゃないでしょ?』『俺は開放的だったがね、背負うほど大事なものなんてなにも持ってないからな』と、メイナード。あんたって男は、とドラ。
 メイナードの口調は充分に理性が保たれている。軽い返答からもそれは明らかだ。ふたりのその調子は、両者がある程度の可能性を察していることを示唆している、ロサは確信を持ってそう解釈できた。
 少なくともこの作戦では詳細を問わないに等しい姿勢に、ロサは胸中で感謝した。
 ロサがハンズ系列傘下企業の空挺降下部隊の出自だということを、以前からドラとメイナードは把握している。それに加え陸戦機兵でもあるという事実開示は、ロサの権限に於いて可能な情報開示限度に達しており、それ以上の経歴について明かす選択肢は、ふたりと合流するはるか以前から持ちあわせていなかった。
 ロサの帰属元である軍事保安企業レディッシュ・スカッド≠ヘ陸戦機兵の運用に特化し、直接戦闘群と化学対応作戦群のほか、戦地後方撹乱、破壊工作を主任務とする強襲作戦空挺分遣隊の部署により構成される。ロサは強襲作戦分遣隊に属し、その部隊の実存と活動はあらゆる外部組織にも公にされてはこなかった。
 アフリカ資源危機に於いて主要敵対勢力のNA.MASCUに対する優位性を維持し、最大限の効果を発揮する為、ハンズ直轄下の上級企業軍も実態を知らされてはいない。徹底した運用教則ではアフリカ資源危機で現地協力体制を確立したシクロ社とエレイン社も秘密保持の適用対象であり、それに準ずる限り、ドラとメイナードがロサの出自について深く知る事は、なんの利益にもならない。
 偶発的事象による機密漏洩、または不可避による情報開示の場合、関知対象に機密の保持同意を必須とし、同意の得られない場合、または機密保持の持続が困難と判断される場合、対象を適切な手段を持って無力化すべし──。不足の事態による機密の外部漏洩に対する対策法である。
 その不可侵の領域を犯すことは、互いに利するものはなにもない。
 軍務としての分水嶺が、お互いを冷静にさせているといえた。
 検分を進める過程で、ロサは陸戦機兵の状態が事前報告と大差がないものと判断した。
 対機地雷の爆風の破砕片を浴びた機体表面に大小の裂傷が走り、前面胸鎧装甲には粘着榴弾を受けたらしい穿孔ができている。貫通に到っていないものの、装甲が浅く陥没している。
 この程度の損害ならば、ライナーがコクピットへの被害を防いだ可能性は高いとロサは推測した。
『──どう。使えそう?』──本体規格を確認しなければ、なんとも言えん
 明言を避けたが、ロサにはある程度の期待があった。
 陸戦機兵の直接運用について、ロサ自身はレディッシュ・スカッドのアグレッサー部隊で、他機種制御訓練課程を経験している。それには母体企業系列の機兵規格は無論、仮想敵と当時認定されていた勢力のものも含まれている。電脳外部記録野で照合した外観を照合した限りでは、目の前の陸戦機兵は修了規格に類する代物ではない。しかし、増設機、或いは制御基幹系を引き継いだ後継機であれば、ロサが一時的にでも運用できる可能性は高かった。
『──感染に注意しろ』と、ベイ。情報インフラを破壊した災禍の根源となったウイルス群は前者に留まらず、戦術単位の兵器分野にまで、その猛威を振るったとされている。ロサはウェアラブルコンピュータと陸戦機兵の外部独立制御系をつなぎ、間接的に電脳外部記録野へ接続した。
(閉鎖配列の解読に問題はないが……、これは……)
 ハッチを封鎖する独立制御系の閉鎖暗号配列を速やかに無力化し、外部入力によって背部ハッチを開放させた。低い警告音と共にせり出したコクピットの中に、パイロットの死体がだらりと腰掛けている。死因は検分するまでもなかった。死体の股に、生首が収まっている。
 ロサは死体を引きずり出し、コクピット内の安全を確保して身を滑り込ませた。鮮血が飛散しているが、それに気分を害する時間はなく、ロサはマルチコンソールに指を走らせ、本体制御基幹系にアクセスした。
『──第二迎撃点の配置についたわ。増援機兵の進行速度、微上昇。なにかしら気付いたのかもね』──増援との接敵猶予は=w──一〇分、かしら。長く見積もってだけど』『──どうにかなりそうか』と、ベイ。──どうにかせんと、私たちがどうにもならんだろう≠ニ、ロサ。
 制御基幹系の情報処理速度を上げ、本体制御情報の抽出を急ぐ。中枢制御基幹系の掌握について、ロサは障害はないと既に確信していた。
 抽出の完了した本体制御情報を投射型ディスプレイに出力する。その内容を精査し、独立制御系を解析した段階でわかってはいたことだが、ロサは苦く笑った。
「陸戦機兵、本体分類規格──LCASS-16C/Diiwica(ジーヴィッカ)、後継機か……」
 ドラがその言葉に反応する。『──LCASSって、ハンズの主力機兵規格じゃないの。よく知らないけど』『──その規格、たしかなのか』と、ベイ。彼がそう問うのに無理はないだろう。エンカルナ戦役勃発からニ年、原隊の壊滅と母体企業系列群との通信断絶から一年半、その間、ベイにとって一度も勢力合流がかなうことはなかった。
 LCASS機兵規格を正常運用するには、服務規定で中枢制御基幹系への戦時アクセス権限インプラントを移植した者でなければならない。それ以外の者は自軍兵はおろか、敵軍では鹵獲したとしても、戦闘態勢での起動に到達することはできない。
 つまり、このLCASS規格を運用する敵部隊は間違いなく、旧知の存在──ロサやベイにとって、母体企業系列の軍事勢力であるといえる。
『まったく。生きづらい時勢になったもんだな』生気の抜けた声で、メイナードが言う。『本当にね。そして、やはり誰も信用できない』と、ドラ。ロサは本体の規格経歴を探った。
 LCASS-16C──エンカルナ戦役勃発から一年後、それまで主力運用されていた、15A中期型汎系規格を応用、製造された第一六世代の第一種規格と説明されている。他に、三種の別規格も記録されていた。
 ロサが戦役中に破棄するまで運用していた機兵規格はひと世代前の15R規格であり、16Cは直系の後継機に間違いない。
 ロサは一応、ベイに尋ねた。
──どうする。応戦するか≠サの問いに対する回答は、はっきりとしたものだった。
『──我々は応対行動を継続する。事前警告なしで発砲、一方的に損害を与えてきたということは、あちらには投降勧告及び停戦交渉の構えは一切ない、ということだ。友軍とは呼べまい。敵対勢力と断定、排除する必要がある』
──要因及び動機確認の要はなし。それで構わんのだな。感染の疑いも否定できんが≠ニ、ロサ。ウイルス感染によって、電脳機能の外部認知機能に疾患を生じた結果、友軍同士による同士討ちが起きたという事例はいくつか報告されている。
『──感染疾患であれば、現状我々に出来ることはない。無駄に我々の命を危険に曝すことになるだけだろう。要因究明が困難である以上、生存のための最善策を取らねばならん。我々としても、彼ら(・ ・)と大差はないのかもしれんのだからな』
 ベイがドラ、メイナードに下した指示も、不明勢力の素性確認を念頭に置いたものといえ、その手段は極めて直接的な実力行使であり、交信時の二次感染予防による安全確保を最優先としたものであった。その点でいえば、敵対勢力が感染疾患を起こしておらず健常である場合、互いが取った立場に於いて差はない。ベイはそう示唆したのだ。自勢力の温存を考えるのならば、接触の時点ではじめから脅威度認定し、排除することが望ましい。
『ただしい判断ね』と、ドラ。『結局こうなっちまう訳だ』と、メイナード。
 ロサもその判断に賛同だった。混乱の坩堝が回復の兆しもない戦役の途中なのだ。不用意な妥協はすなわち、速やかな失態に繋がる。たとえ敵勢力が友軍のいずれかであろうと、いったん戦端が切られたのであれば、もはやそれを引き戻すことは賢明ではない。
 目にみえる全てを駆逐せねば、希望すら持てないのだ。
 本体の戦時最大稼働率を算出したところ、胸鎧部装甲の損害の影響が見た目以上に大きいらしく、その割合は六五lに留まっている。それでも動くという点で、かなりの希望を持てる。中枢制御基幹系搭載の戦術支援AIが、バックアップシステムを提示し、その内容にロサは目をみはった。
鍛造修復装甲(A R A)──、防衛技術開発及び実証研究局(D T D a E R A)が、実用化に踏み切ったのか……」
 極微小の自律機器群を運用し、損傷した内外装甲の短期修復を計る能動装甲技術である。話にだけならば、ロサもアフリカ資源危機発生直後に耳にしていた。ハンズ隷下のDTDAERA内のいち部署が計画し、当時最新であった15世代以降の主力規格に搭載し得る能動装甲を研究中であるという話だった。
 その段階ではまだ実証試験にも遠く及ばない程度だった筈だが、それから二年程度で実戦投入にまでこぎつけていたということになる。エンカルナ戦役が兵器特需に最適な環境だったことを鑑みると、ハンズを含むEOEは、別地域で積極的に新世代規格に搭載し得る技術の実証試験を行っていたということになる。
 傘下の現地法人として唯一陸戦機兵運用に特化し、アグレッサー部隊をも保持していたレディッシュ・スカッドがその計画から外されてていたのだとすれば、敵部隊は何かそのあたりに縁のある勢力なのでは、とロサは思わずにはおれなかった。
 リカバリープロトコルを開始すれば、戦闘時最大稼働率は上限に違い九五・四%にまで回復すると、バックアップシステムが報告している。
 回復の所要時間は六分三四秒。リカバリープロトコルの実行命令を下すには、中枢制御基幹系への準戦時以上権限による入力が必要となる。ロサは、中枢制御基幹系に準戦時権限の入力を口頭指示した。
「搭乗者認識番号LTS-122320172251742020162099211329823、搭乗者名称リナ・シキミガハラ。バイオメトリクス認証による準戦時制御権限を入力」
 コクピット内前方の認証機器が、ロサの義眼内は虹彩に刻印された素子情報から認識情報を読み取り、戦術支援AIが音声報告する。 『認識番号照合完了、最終資格接続番号を入力してください』
「──41011355018202895222224345」
『準戦時制御権限の実行命令を正常認証──リカバリープロトコル、開始します』
 戦術支援AIが修繕プロトコルを誘導、背部コンテナから多脚型の微小機器群がインプットされた行動を開始する。ロサは中枢制御基幹系を通じ、本体操縦法と装備の把握にとりかかった。
──陸戦機兵、再起動可能だ。しかし、調整に六分かかる。……後悔はないな、ベイ?
 ロサは意識して、念を押した。ベイはそれに無言で応えた。ロサにとっては、この衝突に特筆すべき感慨などはない。その一線ならば、エンカルナ戦役の闇のなかで、既に超過を済ませているからだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)。一線についてはベイもまた同じ筈だが、しかし、彼が今考えていることはロサとは異なるだろう。
 ロサの知る限りでは彼は、傑出した士官として国家に仕え、退いてハンズに参入した後もそれを維持し続けた軍人であった。ロサやドラ、メイナードが個々に抱く矜持とは全く異なる、純粋で、異質なものであるはずだ。
 静かに逼迫するこの状況が、友軍との衝突の回避を許しえないということは明白である。しかし、それでも、ベイという指揮官はそれを忌避しているはずだ。
 やや間があって、ベイは簡潔に補足した。
『かまわない。私の矜持は過去を離れたのだから。──ロサ。お前は、示したいのだな』
 ロサは声に出さず苦笑した。否定すべき類のものではない。
──ああ。勝手なものだが。私は戦える。この寸断された世界に、矜持の残り香があることを、確信したいんだよ。お前が優秀な士官であったように、そして、いまもそれを証明し続けているように。私は、私がこの世界を戦ってきた事実を、私の動機(・ ・)のもとに、実証してみせたい。私の立つこの争いの大地が、なにも変わっていないことをな
 そうか、とベイ。語るに充分なひとことであった。──私も、お前たちも過去にすがりついている。私はな、それも誇りに思っているぞ
 中枢制御基幹系がプロトコルの完結を報告、機体内外の修繕に回っていた機器群がコンテナへと去っていく。コクピット内に飛び散っていた鮮血もある程度回収されている。ロサはディスプレイ上で修繕プロトコルの最終結果を確認した。万全ではないが、戦闘時最大稼働率は事前算出通り、九五・四%にまで回復している。
──LCASS-16C、調整を完了した。間もなく戦時稼働へ移行する。ドラ、時間は?=w近いわ。あんたの南西一〇三〇メートルを進行中。急ぎなさい、離脱に間に合わなくなる』
 ロサはコンソールパネルを操作し、ハッチを閉鎖した。狭い暗室のなかを、淡い青色の灯火が照らし出す。大腿の鞘から抜いたコンバットナイフを襟にあてがい、縦に深く切り裂くと、中枢制御基幹系に口頭指示した。
「中枢制御基幹系脳機制御システムに接続。モーメント規定値上昇後、戦術支援AIを戦時全自動支援態勢へ移行、同時に本機稼働態勢を第一種戦闘態勢へ移行。制御方式は脳機インターフェイス、音声入力、コンソール入力を並列使用」
 戦術支援AIが速やかに応答する。
『了解。脳機制御システム、接続措置を開始します』
 コクピット後背部のインターフェイス設備から展開した機器が、ロサの露出した首筋に触れ、入出力端子を接続した。次いで、主動力とする燃料電池より齎された出力が本機陸戦機兵の駆動細胞をめぐり、細かい震動がコクピットを揺らす。
 マルチコンソール群が次々と起動、投射型メインディスプレイ及び、副視界の制御下で機能するインナーディスプレイも展開した。電脳制御野からアップロードした電子組織調査群(PRD)が潜伏性ウイルス不在を最終報告し、問題ない、とロサは判断した。
『脳機制御システム正常接続完了、本機稼働態勢、第一種戦闘態勢へ移行完了──』
 ロサは意思判断した。指示信号を解釈した脳機制御システムが行動プログラムを実施、鎮座していたジーヴィッカが、全高三・八五メートルの巨体を持ち上げた。
 脳機制御系の反映精度に解釈誤差の報告はない。
 中枢制御基幹系及び脳機制御システムは前代規格からの発展型であり、基礎的な操作体系は同じといってよい範疇に収まっている。ロサはここまでの一連で得た実感で、これが大きなアドバンテージになりうると捉えた。
 ロサはデータベース群から搭載武装の情報を抽出した。
 主力武装──三〇_外動力源式機関砲、予備武装──一二・七_機銃、四〇ミリ自動擲弾発射銃、高周波対物切削兵装、支援武装──対機跳躍機雷、各種非致死性手榴弾。
 ドラ、メイナードとの戦闘で損壊した武装を除外し、使用可能なものは主武装と四〇_自動擲弾銃、支援武装のみ。銃身の折れた一二・七_機銃は鍛造修復装甲のプロトコル段階で自動投棄されていた。
 意思判断し、背部格納器に収容されていた主武装を展開、両腕部マニピュレータに抱える。
 ロサは陸戦機兵の形態についても、多大な変化を実感していた。同時にそれは、好ましくない予兆を孕んでいた。
 ジーヴィッカは搭載装備が豊富ながら、機動兵器として肝心の機速域を充分確保し、単機で多任務展開可能なよう調整開発されている。
 かつてロサの運用した旧規格機など、戦役中期まで投入されていた陸戦機兵にはほとんどありえなかったことだ。旧規格機にもいくつかの目的に対応した他任務機は存在したが、本機はそれを極度に意識したものとなっている。
「新しい可能性、か──」
 ロサは、昨今の騒乱が陸戦機兵に兵器としての進化した価値を提示したらしいと推察した。それは、たかが陸戦機兵ひとつに期待される純粋戦力としての比重が、劇的に上昇しているという事実も示している。
 ドラが当初捕捉した陸戦機兵部隊の総数は一二機、編成にして一個小隊程度。数的戦力差は、これから起こりうる戦闘の結末の予測材料としては全く役に立たない。
 不運が味方した場合、戦力差通り一方的な虐殺に終始するか、あるいは全く別の結末になるか──。
 いずれにしろ、過酷な戦闘になるであろうことは必至である。純正の後継機といえ、最低限の操縦訓練すら省略した現状が背負ったリスクは非常に高い。しかし、状況はその上での、作戦の成功を要求している。
 ロサはひとつ、長く息を吐いた。単純な市街戦になったならば、やはり、彼女に勝機は皆無であっただろう。少なくとも、遅滞戦闘を行うという現状はロサに味方をしている。
『──会敵まで三〇〇b』──ああ。確認している
 本機搭載センサ群の集約した情報が、インナーディスプレイ上のポリゴンマップに動体反応として出力されている。その輝点数は四つ。
 堅実に動くならば即座に現場を離脱、単独急行中のベイと主力機兵部隊との間に介入し、遅滞戦闘につくべきだが、それでは現状において最善とはいえない。そうすることは目的の早期暴露に繋がり、また、敵主力機兵部隊に攻撃の選択肢を与えることになる。
 ロサは、ジーヴィッカを動体反応の方向へ相対させた。
『──離脱の猶予限界を越えたわ。最善の対処が、そこにあるんでしょうね』と、ドラ。ロサは冷徹に応答した。──なんともいえん。戦況と、ジーヴィッカ(こ い つ)を信じる限りでは、あるいは、というところか……
 それを最後に、ロサは無線通信を封鎖した。
 さて、どう転がるだろうか。猛る戦意に反し、ロサの理性と身体は落ち着いている。
 動体反応の分散と停止を搭載センサ群が捉え、その座標をポリゴンマップ上に常時出力。平均相対距離は一四〇・八b。地上に三機、縦貫道路上に崩落した高層ビルの外壁に一機。先立って展開した機兵班が沈黙しただけに、相当警戒しているとみていい。
 四機編成の急行部隊は、ロサの確保視界へ入ってこようとはしない。しかし、動かずとも、間もなく敵側から現れることを、ロサは確信していた。
 友軍の、しかも、ごく少数の限られた人間しか運用し得ぬはずの陸戦機兵が、先の沈黙した戦闘域に留まっているのだから。急行部隊は、直接確認のための行動を避けられない。
 そして、ロサの予期した通りに、陸上に展開待機していた三機の機兵が視界に現れた。次いで、ビル上の機兵もその高度を保ちながら姿を見せる。通信要請を受けたが、通信体制の確立などはありえなかった。出力モーメントは第一種戦闘態勢の維持稼働域を充分確保している。──機会を計り違えるな。
 迷いはなく、ロサは間断なく意思判断した。
 確保視界内の機影を捕捉、胸部補助武装格納器(S W P)から白燐発煙弾及び音響撹乱弾を同時射出。超高温の白煙の発生に次いで音響撹乱弾が市街広域に妨害音響をまき散らす。位置変動の誤差修正を施した敵座標へ向け、ロサは三〇_機関砲からAPDSの単発射撃を見舞った。敵の捕捉手段妨害から強力な反動制御による精密射撃に要した時間は〇・八秒。
 砲弾内蔵の弾着観測デバイスが目標の重度損壊を報告、しかし、うち一発は弾着報告がなかった。ロサは撃ちもらした一機の追跡に移行した。
 白煙による視界不良のなかでも、味方被害を予期していれば、反応は不可能ではない。その一機は遠距離の建物上に位置していたこともあって、ロサの一射を回避した。
 ふむ。不足はなし、か──。ロサは小さくほほ笑んだ。
 武装の目標捕捉法を複合感知式に変更、全方位駆動輪を最大出力で稼働させた。優れた加速力を用い、ジーヴィッカは瞬く間に最大速度へ到達する。搭載センサ群内の環境観測システムが市街風の風速と方向の変化を報告解析、白煙効果が急速に薄れ始めていた。ロサはポリゴンマップを参考に、敵残存機兵の展開位置を予測した。
 前衛支援機として後方に待機していたのなら、当然単機戦闘は考慮されていない。となれば、敵機は精密射撃をが可能な距離へ移動する必要に迫られている。
 敵機は距離を確保し、熱源感知が可能になる白燐効果の薄まった一瞬を狙う。
 ロサはそれに付き合うつもりなどなかった。限定された狙撃座標へむけ、迂回路となる倒壊ビルの斜面を駆け上がると、左方から流入する白煙のなかへ突入。同時にセンサ群が本機外部装甲の焦熱性損害を報告するが、ロサはそれを度外視し、本機を倒壊ビルの縁から跳躍させた。
 地上までの直下相対距離一一四b、白煙越しの下方を空域降下中の熱源を捕捉し、機関砲の砲身を向ける。自由落下で白煙を突破、対空迎撃姿勢を展開する敵機兵を確保視界に捉えた。
 前方外の広周囲警戒装置による反応だろうが、予測していたより早い──。不意を突いたといえ、相討ちの可能性は否めないと瞬時に判断したロサは、バーニヤ噴射による空中制動をかけた。
 眼下から駆け上がった火線が肩部装甲を抉る。モーメントの現状維持に支障はないが、装甲板の中度損傷が報告される。
 次の間隙を制し、ロサは三〇_APDSを連続して撃ち込んだ。その一発が敵機兵の頸部複合繊維から胸鎧部コクピット内を貫通、劣化ウラン弾芯の焼夷効果で火を吹き上げる。致命的な損害を受けた敵機は、着陸態勢を取ることなく地上へ衝突した。ロサは着陸降下態勢を取り、再度バーニヤ噴射をかけて本機をやさしく地上へ下ろした。
 中枢制御基幹系が、戦域の沈黙を報告する。機体損害は、対多数戦を永らえたにしては軽微であった。
 ひとまず、終えた──。ロサは通信体制を確立した。
「ベイ、こちらロサ。敵急行部隊を排除した」
『──了解。どうだ、感触は』薄く笑って応えるにとどめた。すべては生存という劇的な結果が代弁している。
「状況はどの程度進行している、ドラ?」
『──敵主力部隊、進路を変更。強行前進のリスクを考慮したみたいね。縦貫道を降りて地上市街から急行中、第二妨害点の直下を通過するわ。速度は速いけど、地上の障害地域突破を考えると、どのくらいで到着するかは不明ね……。でも、一〇分より遅くはならないと思っていいわ。後背を撃って、すこしなら妨害できるけど、どうする?』
『──増援機兵を撃破したということは、正面からの迎撃は避けるのだな、ロサ?』と、ベイ。
「そうだ。可能なら後方から奇襲し、一撃で撲滅するのが好ましい」
 さきの増援部隊との戦闘の結果が示す通り、数的戦力差は判断材料として当てにならない。しかし、正面からの迎撃準備を強行すれば移動段階で敵主力部隊に介在を察知され、それは攻撃の選択肢を与えることに直結する。
『──ドラ。妨害を保留し、第二妨害点から敵主力部隊の行動情報を逐次報告しろ』
 了解、とドラ。
『──今、保管庫施設内で目標を達成した。これから脱出にかかる。地上へ戻る頃には正面に主力部隊が展開すると仮定しておく。施設内に爆薬を設置、頃合いを計り、すべて破壊する。留意しておけ』ベイの指示にドラが応信した。
『──ちょっと。いいの? 保管庫の食糧は余剰なんでしょ』『──敵機兵部隊の戦力規模から推定するに、仮に後方に本隊が待機していた場合、それは相当の規模ということになる。機兵部隊を先遣戦力として投入してきたということは、それだけ状況が逼迫していることの現れとも解釈できる。脱出後の我々に対する追撃を躊躇させるためには、保管庫の徹底的な爆砕は必要だ』一切矛盾のない説明であった。ベイはいつも、自らの率いる部隊の生存を第一に行動し、そのために無情に徹し、怠惰と期待を省略する。ドラも納得した。
 ロサは追撃経路を検索、ナビゲーションデータをポリゴンマップ上に反映した。
「後背からの直接追撃では、会敵の際に不利を被る可能性が高い。市街の下層経路を辿って、想定交戦域への到達を試みる」
『──搬送路ね』と、ドラ。軍事設備目的の一貫で市街地下には避難シェルタを含むすべての要衝へつながる搬送路が敷設されている。経路距離として最短ではないが、まず安全性は信頼できる。ロサは即座に地上を移動、延伸計画の名残である工事跡地のバリケードを突破し、搬送路の末端へ進入した。センサ群が路内の構造を解析報告する。
「──搬送路内、内壁が完全な絶縁体構造になっている。目標直下に到達するまで、一切の通信体制は確立できなくなる。急行するが、微妙なところだ。到達所要時間は一〇分程度になるだろう。」
『──最善を尽くすしかあるまい』と、ベイ。彼は至って落ち着いている。
「──移動を開始する。幸運を」
 ロサは意思判断し、本機に巡航速度での移動を指示した。ほどなくして通信可能圏外へ入り、通信体制は完全に遮断された。
 地獄はいつも入口を遠くに構えていて、ひどく静かなものだ。
 ロサは、瞳のなかに冷ややかな戦意をたたえた。




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