過去の重圧に軋むジャイルズ・ブラックの背を、かつて彼に統率された第三特殊介入落下傘大隊隊員四〇〇人の凄惨な死が見つめている。顛末に囚われることもないと自覚していても、彼の強靭な理性は、ひとりでは担うことすら困難な重責とともに、指揮官として永らえることを選択させた。
 しかし、それですら、ただの逃避に過ぎないはずだなどと糾弾されれば、彼は否定せず、肯定することもないだろう。彼はただ、針のように鋭い沈黙を貫く。
 ジャイルズ・ブラックは洗練され、決して欺瞞を呈さない傑出した将校であった。事実、彼に率いられた四〇〇人の精鋭らは、彼の命令によるものならば、どんなに過酷な敵地であろうと、また、生還の見込みすら疑われる死地であろうと、望んで降下する覚悟を備えていた。
 それを鑑みるに、彼らの死は壮絶ではあったが、悲惨ではなかったと、後に記録を知るものが現れれば、そう語るかもしれない。
 生物化学兵器すら大量投入され、甚大な戦災と飢餓に見舞われたアフリカ資源危機の混乱のなかで、過酷な戦線を幾度もくぐり抜けた精鋭大隊が、一夜の共同作戦で壊滅したことは、いくつもの不運と状況の複雑さが重複した不慮の結果だったが、それを後悔したものは、果たしていただろうか。
 過程については彼自身、当時から既に危惧していたことでもあった。アフリカ資源危機を始めとした混乱が、これまでの武力衝突とは全く性質を異にしていたことを。
 既存の国家や、それに加担する軍産複合体、或いは準主権企業群の意図した軍需計画経済の中で踊る戦争ではなくなりつつあったことを。
 単なる衝突であったのなら、彼は四〇〇人の部下を死なせた責について、もっとも重い選択を自らに課していたかもしれない。
 ジャイルズ・ブラックは回答を希求している。
 第三特殊介入落下傘大隊の壊滅は、目的と大義の混濁した争いを糧にした、生存衝突の序幕に過ぎなかったのだ。全てが曖昧な動乱のなかで、ひとつの回答のもとに行動することは、あらゆる可能性を潰す。回答とは、戦争の終りにしか用意されていない。
 直感を信じて永らえた自らに、その価値があったのかどうかを確信するために、戦っている。
 ジャイルズ・ブラックは、冷酷な男なのだ。

 進入口のターミナル・プラットフォームを過ぎたあたりで、ベイは汎用輸送車の速度を意図的に緩めた。副視界の計測時計が示す経過時間と状況の推移、そして直感を吟味した結果、前方傾斜トンネルからの即時離脱を待つのが最善と判断したためだ。地下保管庫からの移動時間を考慮すれば、敵主力部隊がすでにセンター敷地内に到達していても矛盾はない。
 ──頃合だな。──ドラ、こちらベイ。敵主力部隊の現在位置は
──あんたの見立て通りよ。センター前五〇〇bの地点に到達してる。気をつけなさい、一機が狙撃高度を取ったわ。それと、途中で動体反応がひとつ消えた……
 消えた、という表現にベイは反応した。
──消えた? 待機または停止状態でなく、か°ーらく、と、ドラ。──消失目標の行動目的が予測できないわ。監視端末があるなら、直接見てご覧なさい
 ベイはハンドルを切リ、列車軌道脇の車道をのぼると、傾斜トンネル中ほどのサブ管理室の前で停車した。
 ほこりの堆積した管理室内を物色、コンソールからプラットフォームの制御システムへ接続すると共に、脱出路となるトンネルの先、難民救済センタービル前分岐軌道の早期警戒監視機器を立ち上げた。メイン管理室からプラットフォーム運営に関する制御権を処理する傍ら、ディスプレイ群に監視機器からの外部情報を表示する。暗緑色に染まったセンター前分岐軌道の全貌を確認、その細部に目を凝らす。
 時間を要することなく、ベイは異状を察知した。廃列車が放置された分岐軌道の侵入口に動体反応が浮上している。探知のリスクを避ける為、タレット回転の不要な監視機器を選んで動体反応を拡大表示した。
 ベイは、敵主力機兵部隊の前衛機だと確信した。
(果断だな。大した指揮官だ……)
 二度の遅滞攻撃を受け、こちらの行動目的と戦力規模を推察、状況の著しい悪化を察知し、急行してきたのだろう。よほど経験を積んだ指揮官でなくては、そのような大胆かつ、鋭い判断は難しい。その事実を鑑み、ベイは主力機兵部隊の技量を容易に計ることができた。
 戦闘を避け、沈黙のままに主力機兵部隊と入れ違いで市街を離れる、という最善の選択肢は完全に潰えたといえるだろう。プラットフォーム内に潜伏しやり過ごす、というのは無謀に過ぎるとベイは思案した。
 不吉な予兆を含んだ汗が、ベイの背筋を冷たく流れる。
 計測時計の経過時間は、急行中のロサが指定した合流時刻までいまだ遠い。主力機兵部隊の斥候機が廃列車の陰から歩み出し、それに続いて後続の機兵部隊が続々と出現する。戦闘態勢のもとに武装を構え、微速警戒前進を開始した。
 ベイの目に確認できる総数は八機。ドラの報告する狙撃支援機と、途中で反応の消失したという陸戦機兵は視認できない。
 傾斜トンネル出口から前衛機までの相対距離が約三五五bしかないことを考慮すると、主力機兵部隊の進入までにロサの合流が間に合うことを期待するのは難しい。しかし、プラットフォーム内での近接戦闘という厳しい状況は回避せねばならない。市街脱出を念頭にした対抗策としては、傾斜トンネルへの到達を妨害、主力機兵部隊に奇襲をかけ、可能な限り致命打を与えることが最善といえる。
 ロサが地下搬送路で合流を図っているのも、その目論見があっての事だろうとベイは確信していた。空間面積の限られるプラットフォームに侵入されたあとでは、奇襲が可能であろうとなかろうと、まともに数的戦力差の影響を受けることになってしまう。
 最良の結果のために、ベイは時間を最大限稼がねばならない。合流時刻まで、二分三〇秒。ベイは具体策を瞬時に構築した。車両荷台に接収した武器弾薬類は、今後の北上に必須のため、余剰分ともに無計画に使用する訳にいかない。
──ロサの到達まで時間を稼ぐ。ドラ、情報を収集解析し、ロサの援護に備えろ
 制御権移譲の済んだコンソールを操作し、ターミナル・プラットフォーム内の分岐軌道上及び格納中の輸送列車を遠隔起動、順次傾斜トンネルを出口へ向け発進させる。大がかりな兵器を用いなくとも、時間を稼ぎ切るだけの材料はプラットフォーム内に揃っているとベイは踏んでいた。
 先発の無人列車がサブ管理室の前を過ぎ、室内を大きく揺らす。外部軌道設備の分岐器作動を前に微速警戒前進を停止した主力機兵部隊を映像確認、先陣を切る列車の進行速度を大きく上昇させた。管理室を去り、制御権を共有したウェアラブルコンピュータを車両後部の荷台に置くと、代わりに雷管設置済みの高性能爆薬を手に持った。
 目の前の軌道を駆け上がっていく列車に対し、不等間隔で後部連結器に貼りつけていく。一個あたりの爆発威力は低いが、敵部隊の前進を妨害するには充分な爆薬量である。
 全長四〇五bの傾斜トンネルを離脱、進路を主力機兵部隊の正面へとった先頭列車が軌道上を突進してゆく。逆傘型隊形で警戒待機中の陸戦機兵らが一斉に応対運動を取り、攻囲隊形へと展開した。三〇_級火砲群による敵の確保を考慮しない弾幕が張られ、炎上と共に脱輪した列車が噴煙を巻き上げながら滑ってゆく。
 部隊間のデータリンクで車内の無人を把握したらしく、主力機兵部隊は横転した列車を後方に捨て置き、前進を再開した。
 それに対しベイは無人列車を間断なく投入する。大質量の接近に対し、全方位駆動輪運動へ移行した主力機兵部隊が、恐るべき機動力による前進を試みる。その能力を生かし列車を後方或いは側面から狙撃するという正確な対応を確認、ベイは爆薬を設置した列車と敵機兵との距離を計測、最大加害域に到達した瞬間、遠隔起爆した。
 爆発により大きく横転した列車が、不意を突いた陸戦機兵らを巻き込む。しかし、基礎運動力においてはるかに優る陸戦機兵らは腰部増設バーニヤの噴射で被害を回避した。
 それで良い、とベイは満足する。爆薬の設置した車両を連続爆破し、さらに主力機兵部隊の戦力単位を寸断してゆく。被害は皆無だが、主力機兵部隊にニ機或いは単機での展開を強制し、前進速度を極度に制限させる。ただ、ロサが合流するまでの時間を稼げばよく、ベイは終始その目標達成に徹底した。そして、合流時刻に到達する瞬間を、ベイは副視界でじかに確認した。
『──ベイ、こちらロサ。主力部隊と接触したか。上はどうなっている』
 ロサからの無線連絡に、ベイは冷静に応えた。
──大事ではない。許容内の誤差だ。主力部隊を分岐軌道上で妨害中。確認総数八機、狙撃支援機と、ほか遊撃要員が展開している感がある。地下搬送路を抜けたのか?
『──まだだ。一時的に通信可能圏に入っている。だが、座標には合流済みだ。機兵どもの展開位置を転送できるか』と、ロサ。待て、とベイ。すぐに確定する──ドラ、後方からの位置情報を出力しろ
 無力化された最後の列車が、分岐軌道の奥に詰まれた廃列車のなかへ衝突する。ちらつく炎が照らす地上を陸戦機兵が集結し、前進隊形を再び構築した。その監視映像とドラからの転送情報をもとに主力部隊の位置を常時観測し、部隊間データリンクのポリゴンマップへ反映してゆく。
──足止めの手札が切れた。主力部隊は全周囲警戒隊形、前進を再開。相対距離、二二五b
 ふうむ、とロサが思案する。『手堅いが、うん、単調だな──』
 何かしらの猜疑を持っているようだ。機兵乗りの経験則から齎される直感がそうさせているのだと、ベイにはわかった。
『──位置観測を継続してくれ、三〇秒で攻撃を仕掛ける。プラットフォーム内に、搬送路直通の昇降機があるはずだが、確認できるか』
 そう言われ制御端末を一通り検索したが、ベイはそれを見つけられなかった。『──非常時用マニュアルを探してみろ。搬送路は、難民救済センターの直轄対象ではないかもしれん』
 ややあって、該当しうるデータを発見したベイは、"制御可能だ。確かに、搬送路からプラットフォーム直通及び周辺階層へ繋がっている。使用するか?"
『──ああ。主力部隊殲滅後、急行する。発進の制御権限を搬送路側へ回しておいてくれ。主力部隊の展開がやけに緩慢だ、見透かされている気がする──』重大な予兆だな、と、ベイ。──昇降機の到達先を、傾斜トンネル、サブ管理室前に指定しておく
 肉眼では確認しづらいが、サブ管理室に近い車道脇に、可稼働のプレートが埋没していた。ウェアラブルコンピュータのディスプレイに視線を戻し、そのなかで起こった異状をベイは報告した。
──敵部隊、増速前進。一気に傾斜トンネルへ侵入するつもりだ。到達まで一五秒もかからん@、戦機兵らのもたらす重厚な運動音響が内壁を反響、ベイの聴覚を強く刺激する。
『──了解。敵主力部隊を撲滅する。荒れるぞ、耳を塞いでおけ』
 ロサの指示に従ったうえで、ベイはディスプレイを注視した。
 分岐軌道の地盤に走る亀裂から、不意に黒い円筒体が主力機兵部隊の前方中空に現れた。ロサの事前通達のおかげで、ベイはそれが直下の搬送路から射出された対機跳躍地雷であると察知できた。最大加害高度で地雷が破裂、一気に拡散した粘着性の格納小弾が陸戦機兵らの装甲にへばりつく。一瞬の空白の後、陸戦機兵の運動音響をたやすく呑み込む爆発音が傾斜トンネル内を突き抜けた。続いて凄まじい地響きが足元を揺らし、老朽化した天井から石片がばらばらと降る。
 ベイはディスプレイを注視し、分岐起動が紅蓮の爆炎に呑まれる様を見つめた。爆風を受けた監視端末のいくつかが破損し、映像がぶつりと途絶えた。爆炎による気流が噴煙を押し流し、分岐軌道上をうねる烈火の海を曝しだす。軌道脇のプレハブに積載されていた燃料缶が誘爆、炎上し、それらが火災を助長していた。
 トンネル内へ流入した熱波が気温の急変をもたらし、それに対して火災報知機が作動、スプリンクラーから散水が始まる。
 戦闘用義眼搭載のセンサ群を使って監視映像を検分、ベイは目を細めた。
 ロサは与えられた僅かな攻撃猶予のなかで、ほぼ全ての敵陸戦機兵に致命的な打撃を加えることに成功した。狙うことは簡単なものだが、その戦果を出すには一瞬の判断の遅れも逡巡もあってはならなかったはずだ。
 ──かくも恐ろしいものだ、陸戦機兵とは。
 目的用途に応じて広範囲の火力を搭載し、高い運動力との併用によってその投入場所を制限されない地上兵器──従来歩兵や義肢歩兵、武装車両などでは単純に達成し得なかったことを、陸戦機兵はたやすく遂行してみせる。
 目の前の現状のように、陸戦機兵の脅威とは操縦者の充分な技量あってのことだが、そうであれば戦況を一挙に覆してしまうほどの潜在力を備えているのだ。
 ベイはふいに、過去を馳せた。それほどの存在であるからこそ、彼のかつて統率した第三特殊介入落下傘大隊は成すすべもなく、一夜のうちに全滅してしまったのだと。もしもあの時、たった一機でも陸戦機兵が味方についていれば、とも。結末に後悔の類はない。ただ、いま、ベイは指揮官として陸戦機兵に最大限の戦果を発揮するよう要求し、事実としてそうさせている。
──ベイ、狙撃支援機が座標を変えたわ≠ニ、ドラ。
 ベイは提供された位置座標をもとに残った端末タレットで周辺を走査、周辺ビル外壁に微弱な動体反応を捉えた。ベイはその陸戦機兵を副視覚に拡大確保、電脳外部記録野に照合する。当然、一致情報はなかった。
──ドラが残存目標を確認。展開位置を移動したらしい。一致情報はないが下肢規格は多脚特系、狙撃支援機のようだ。推定三〇_超級の火砲を装備。座標を送信する=w──無力化する』
 座標送信から十秒ほど後、地表の亀裂からひとすじの火線が轟音と共に駆け上がった。
白燐の眩い尾を伴う徹甲弾が陸戦機兵の前肢膝関節を粉砕する。それでも尚、外壁に張りつく機兵に対し追射撃が見まわれ、下肢基底部直下に着弾した徹甲弾榴弾の爆発が本体を中空へ弾いた。
 下肢部とバーニヤスラスタを欠損、姿勢制御機能を喪失した機兵は、落下同然に地上へ下りた。後部ハッチが開放され、操縦者の男が黒煙と共に転がり出る。衝突の際にコクピット内が損壊、発火したのだろう、引き裂かれた下半身を火に覆われ、地表でのたうつ。
 ベイはその様子を直視し続けた。
"──あれはエサか?"
 しばらく待ったが、無線から応答はなく、副視界に出力中のシステムが通信不能を表記する。ロサの展開位置が絶縁構造の搬送路ということを考慮すれば、場所次第で電波状態に乱れが生じたとしても不思議はない。ベイは監視を続行した。 
 対機跳躍地雷による一次攻撃で撲滅した陸戦機兵は八機、そこに先にドラ、メイナード、ロサが殲滅せしめた五機を含めれば、敵勢力総数に近い一三機を無力化したことになる。そこに多脚特系機を追加して、一四機。燃え盛る炎で確認が困難なこともあるが、反応消失した残存機をベイはいまだ補足できないでいた。地表はおろか、後方確保射線上にもその気配はない。
──ドラ、消失機の消息は
──だめね、反応が一切ないわ′ゥ解を、とベイ。──攻撃を目的として、増設知覚の検出圏外へ出たのなら、地下に潜ったのかもしれない。気をつけて
 見透かされている気がする──ロサは、そう示唆していた。ロサとドラの観点に倣うならば、一機不足している現状に整合性を見出すことができる。また、ベイの直感も訴えていた。
 炎の影を利用する脅威が、必ずどこかにいると。
 間もなくして、地表で呻いていた操縦者は苦痛に耐えかね息絶えた。その屍を瞬く間に火が覆っていく。
 仮に見ていたとして、一過性の感情に囚われるほど短慮ではない、か──。
 スプリンクラーの散水がベイの全身を濡らし、顔をつたう滴を気休め程度にぬぐう。
「──……」
 袖口を払った時、ベイはごく小さな異状を察知した。傾斜トンネル内に混在する無数の雑音をかき分け、搭載センサ群が異常音響を検出する。発振源は、サブ管理室の面するトンネル内壁、ベイのすぐ後背だった。内外位置情報の照会を省略、直感的な危機意識にしたがって、肩の回転弾倉式擲弾銃(グレネードランチャー)に触れる。
 直後、爆発音と共に半円を象る内壁が内側へ崩壊、途中で粉砕し、そのなから現れた鋭利な突端がベイの頸部を狙った。
 身を投げその殺意を回避したが、回転弾倉式擲弾銃のスリングが裂かれ、銃身が軌道上を滑っていく。ベイはしなやかな身のこなしで姿勢を整え、後方を振り返る。状況把握に時間をかけていれば、一瞬の致命的な展開に対応することは難しかっただろう。
 尖った破砕片に頬を切られたが、ベイはその痛みを度外視した。指揮電脳機能に偏重し、合成義肢機能に乏しい彼にとって、絶望的といえる脅威が出現しようとしていた為である。間もなくして、ベイに相対するように噴煙のなかから、一機の陸戦機兵が姿をみせた。
 ベイは現状を把握した。主力機兵部隊は、目の前の遊撃機を単独突出させるための陽動部隊だったのだ。遊撃機を隠密裏に送り込み、施設内部からの奇襲制圧を狙ったのだろう。
 移動能力を最重視した為か武装類は事前にほぼ投棄したらしく、ベイは陸戦機兵が左腕外装部に展開する戦斧に注目した。肉厚で相当な刃渡りを備える刀身から蒸気があがっている。
 スプリンクラーの散水が、刀身に滴るそばから蒸発しているのだ。
 高周波対物切削兵装──。高々振動による分子結合の摩擦歪曲が、接触するものを一瞬で融解温度に到達させている。散水はおろか、対物の名を持つように、その有効射程圏内であれば、特化型でない機兵装甲を容易く溶解、そして切断せしめる近接格闘兵装である。
 幸いか、陸戦機兵との相対距離は、ベイが応対行動をとるだけの最低限の余裕が保たれていた。ベイは対峙から間断なく動き、車両のパネル下は予備ガンロッカーから七・六二_汎用機関銃を取りだす。陸戦機兵が突進機動へ移り、呼応して後方へ退くと共に弾幕を形成した。火線が敵機兵の外部装甲に阻まれ、火花を散らす。防御能力を捨てた特化機でもなければ、七・六二_弾では足止めにすらなり得ない。
 ベイは電脳兵装制御野にアクセス、車両横面に設置した指向性地雷の鉄球飛散角度等を遠隔設定し、敵機兵が所定へ踏み込んだ瞬間起爆した。
 聴覚を弄しかねない爆発音が轟き、爆炎のなかに敵機兵がかき消える。その隙にベイは距離を取り、機関銃を構えた。飛散前の鉄球は上肢部及び胸鎧側面、背面部を直撃した筈だが、充満する黒煙の影響で目視では効果を確認できない。スプリンクラーの破損により散水は中断し、黒煙の減衰に時間がかかっているようだ。ベイは期待を避けていた。
 爆圧を受けて駆動系に強制制動がかかったのか、敵機兵はすぐに黒煙を突破してはこない。しかし、やがて、にわかに晴れ始めた黒煙のなかに佇立する陸戦機兵の機影を、ベイは確認した。直後、陸戦機兵が走行輪運動を再開、黒煙を突き抜けた。地雷の威力は致命打を与えるには程遠かったようで、じかに目視した陸戦機兵は然程損傷を受けてはいなかった。
 しかし、ベイは敵機兵の背部から火花がいくつか上がっているのを最優先に捕捉、その事実に満足した。機関銃の制圧射撃を弾倉ひとつ分行なったあと、ベイはそれ以上の攻撃という選択肢を放棄した。
「戦火は禍を繋ぐ。幻影は狂騒を呼ぶ。貴様ら(・ ・ ・)は、そういう連中だ──」
 そうだろう、ロサ──。




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