「ドラ、こちらロサ──進路の状態を」
『──現在、目的座標まで測定直線距離四五〇〇。前方市街、空爆被害痕多数。経路迂回に約二〇〇〇。地上、河川、空域、ほか周辺確保視界内に特筆脅威なし。迂回路起点までなら先行してもいいわよ』
待て、とロサは待機を指示し、行動班の指揮を執るベイの肩を叩いた。「距離四五〇〇、迂回に最低二〇〇〇は要るそうだ。ひと区画なら、偵察すると」ベイは思案に時間を割かず、淀みなく答えた。「予定に変更はない。我々は小休止に入る」ロサは小さくうなずいた。
「変更はない。行動班は小休止に入る。変動の際は、随時連絡を。その際は脳波素子通信を使用しろ」
『──了解。雑貨屋が見えてるのよね……』
ドラのつぶやきに、ロサはくすりとした。
定時連絡を済ませ、瓦礫の散乱する狭い路地で装備類の点検を始めた時、小路の奥へ用を足しにいった班員のメイナードが声をあげた。ベイに目配せをしたロサはブルバップ小銃のみを携え、声の場所へ向かう。
夕陽の差す交差路で、メイナードが背中を丸めていた。ロサは小路の陰のなかに留まった。
「流石に、ほとけさんの前で足すわけにはいかんな」ライフル銃を肩に置くひげ面の彼の前の壁に、半ば白骨化した人間の骸がもたれている。
「どうだ。危なげか、俺は」
骸にむけ顎をしゃくるメイナード。彼の禿頭についた大きな銃創痕がのぞいた。ロサは戦闘用義眼ほか搭載センサ群の一部を低度稼働、検分してゆく。時間を要さず、搭載センサ群は脅威なしと報告した。
「交戦、遺棄、死後工作の痕跡はない。ただの死体だ、メイナード」「良いほとけか」彼はほ、と息をついた。「気を緩めるな」と、ロサ。
「左外腹斜筋部に狙撃の痕跡がある。射入口を見る限り、おそらく七・六二ミリ弾。弾は心臓を避けて肋骨を粉砕したようだ。胸部に射出口がある。直接の死因は、側頭部への追狙撃による脳部破壊。即死だっただろう」
「そのあとは囮にでもされたか、見捨てられでもしたか」
「周辺に他の射殺体は確認できない。後者の可能性が高いな」
ロサは戦闘用合成義肢の駆動系出力を一時的に上昇させると、建物の窓辺を足場に屋上まで跳躍した。姿を晒さぬよう身を低く沈め、周囲を観察可能な位置まで移動する。
廃棄市街に進入した際に高かった太陽は、かなり傾いている。北アフリカ地域の初秋という季節がらを考慮すると、あと二〇分弱で完全に日没を迎えるだろう。周囲の路地群は細く、幹線車道に繋がる数も限定されている。
幹線車道沿いに林立する高層ビル群は長らく無人のためもあるが、日暮れのせいでいやに褪せてみえた。
狙撃点として最適な窓辺、屋上など、いずれの場所にも、気配は感知できなかった。
ロサは、合成義肢の柔軟性を活かし静かに地上へ降りた。
「死後七、八週間程度。ただの死体だ、メイナード。狙撃手の気配はない」重ねて強調した。
「慣れたものだが、まったく、ひやりとする」
さっさと義肢移植を、と考え、しかし、ロサはそれを口にすることを控えた。軍人としてとうに老獪へ達したメイナードという男は、それをなしに国軍での兵役を勤めあげ、その後も軍事保安企業の一員として立身を重ねてきた。遥か昔日に、見方を違えた人間なのだ。
面倒なものは面倒だが、とロサは諌める視線を彼に投げた。メイナードは肩をすくめ、死骸に合掌すると、脇の雑嚢に手を伸ばす。
「先に戻る。長居するなよ」
あいよ、と背中で応えるメイナード。所定の場所へ戻った時、ベイは乾いたのどを水筒の水で湿らせているところだった。「なんだった」「射殺体がひとつ。メイナードが漁っている」省略と若干の意訳を交えたが、ベイは察しの良さで都合よく解釈してくれたようだった。彼が水筒をよこし、ロサはそれに預かった。
「詳細はどうだ」
電脳外部記録野に転写した情報を、データリンク上で共有する。
「射殺状況を推察する限りでは、狙撃手の腕は悪くなかったようだ。私たちと同じ、残存兵同士の遭遇だったかもしれない」
ふむ、とベイ。「死体の様子を見る限り、私掠の意図はなかったようだな」
ロサは水筒を返した。気配を察知して振り返ると、紙巻煙草をくわえたメイナードがいた。手元に接収したらしい物品を握っている。
「情報は得られたか」と、ベイ。「ほとけさんの雑記だ。それと、煙草」メイナードが二つともよこし、ベイは煙草の一本を抜いて胸ポケットにしまうと、箱を投げて返した。
「ひととおり目を通したが、紙面が劣化しててうまく読めん。今どき、紙媒体とは良い趣味だ」傷ついたオイルライターで火を灯したメイナードが紫煙をくゆらせる。保存状態が良かったらしく、乾燥した質の良い香りがロサの鼻腔に届いた。
「我々の肉は必ず滅ぶ。その後に遺せるものは少ない。これの持ち主は、証明したようだ」ベイの言葉に、メイナードが同調して笑った。ロサも同じだった。
電脳を始め身体を機械化していれば、あらゆる情報を記録として簡単に電子化、蓄積することが可能である。しかし、戦争経済を生業とする戦争生活者の過半が甘受し得る死の状況を鑑みれば、それは最終的に風化しゆく代物に過ぎないのが現場の実情であった。
アフリカ資源市場の不安定化に端を発し、昨今世界各地に見られた資源紛争に合流したエンカルナ戦役は、その最中で無差別電子攻勢の煽りを受けた為に、ベイの言と全く同じ事実を周囲に知らしめた。
約一年半前が発生時期と推測される無差別電子攻勢は、民官問わずあらゆる情報分野に敵意を向け、発生日を境にごく短期間でそれらの構造基幹部を機能障害下に追い込んだ、とされている。
民間軍事特需に沸いていたアフリカ資源危機も当然煽りを受け、多数の軍事代理企業が兵力を投入していたエンカルナ戦役の情勢は混迷のさらに深部へと迷いこむことになった。少なくともロサは当時の事態に遭遇していた為、その深刻度について確信を持っている。
未曾有の電子ウイルス禍による情報インフラの消滅という混乱に呑まれ、企業軍同士の衝突が間近と言われていた情勢がその後、どうなったのかなどは誰にも分からない。また、ウイルス禍の惨禍を永らえて組織行動を継続する勢力が残存しているのか、そのことすら把握するのも困難な状況が、一年半続いている。
メイナードが煙草の箱を差し出したが、ロサは首を軽く振って断った。メイナードは彼女とベイを見て、「つるみやがって」と苦笑する。その揶揄に、雑記に視線を落とすベイも笑った。
「……軍の戦術統合情報管理網12号に原因不明の機能障害が発覚して四日。当局からの指令断絶に伴い、中隊本部はエメ共和国北部における鉱山区奪回及び海外系準主権企業の対抗介入軍掃討を破棄。原隊との勢力合流を計り、ゼリ市からフェベ河を上流北東三四キロ地点の国境まで移動。しかし、国境は流出難民で溢れ、原隊司令部の代わりに現地勢力のエロワ人民解放戦線が国境区に展開。民兵部隊を排除、難民流出の混乱と共に出国したが、空輸手段がないうえにこの混乱では、中隊本部の行動が容易に実を結ぶことはないだろう。混乱は沈静化にはほと遠く、情報が錯綜している=c…」
ベイは雑記の内容を抜粋して朗読し始めた。やれやれ、とメイナード。ロサも手ごろな瓦礫に腰を下ろした。
「……昨夜、ウジェニ自治区で合流した友軍兵から、情報が入った。彼は自治区境界河川域で、NA.MASCUが優先対応目標に設定していたハンズ傘下現地法人のレディッシュ・スカッド追討部隊と交戦、小隊を殲滅されたらしい。その状況と顛末は、私たち中隊と似通っていた=c…」
ロサは俯いていた視線をちら、と上げた。
「……噂の出所は不明だが、エンカルナ戦役における情報インフラ障害は、どうやら現地に限られたものではないらしい。友軍兵は重傷のため明け方に死んだが、彼の残した情報によると、東アフリカ地域に展開していた友軍のうち、以北西内陸の部隊は戦力合併して北上したとのことだ。中隊本部は原隊との合流を不可とし、独力での北上を決定した=c…各地からの流出難民や瓦解したNA.MASCUの残存兵による私掠に、北進中度々遭遇する。ほかに民兵組織の増長が著しく、彼らの行動には大義の欠片も見当たらない。難民の虐殺が所構わず繰り返され、昼夜問わず、焼かれる死体の黒煙が空を覆っている=c…“コンタクトネットワークの全面的機能障害を目的にした電子攻撃。興味深いうわさだ。それが事実なら、現状に対して一定の整合性を得られる。潜伏性ウイルスによる電脳以下合成義肢及び、兵器システム群の統制不調も、その攻勢の一部との見方が部隊内では有力だ。しかし、仮にそれが事実だとして、誰が利益を得たというのか。この混乱がアフリカ地域だけのものでないとして、その惨状を想像するだけでもおぞましい。憶測にすぎないが、もしかしたら、まともな戦争を継続している体制組織は、もうこの地上には存在しないのではないか=c…北進の決定から三カ月、空路を利用できない以上、中隊本部の移動手段は陸か、河川に限定されてきた。隊員の体力の消耗、食糧の枯渇がいよいよ深刻味を帯びてきている。戦闘のほか、栄養失調や現地病で死んだ者も多い。昨夜はとうとう、移動する難民たちを襲撃した。余裕のなくなった中隊本部は、私掠を黙認したのだ。身ひとつ同然の難民たちからなにもかもを剥ぎ取った。私も食糧がほしかった。若い男を殺し、奪って、それを小屋の中で食べた。仲間が女を犯しているその傍らで。私も、ほかの者の心も無気力になっていた=c…戦闘が遠ざかってからかなりの日数が経過している。中隊の人員は日に日に減耗し、三日前、ついに私はひとりになった。他に生き残った者もいるかもしれないが、混乱の中で散り散りになってしまっては、合流など計れるはずもない=c…情報はなにもない。人にも逢わない。この戦役が消耗しきっている証拠のひとつといえるだろう。疲弊がひどく、一日で進める距離が短くなってきている。沿岸沿いに、欧州圏からの救済を期待した難民居留地が複数、点在しているらしい。本社の行動影響圏に入っているのは確実の筈だが、その前に身体を休めねば>氛氓アこまでだな」
ベイは雑記をかざした。裂けた表紙に、血痕と肋骨の破片が付着している。
「こんな僻地による人間は、似たものだな。そいつは一体どこの誰だったんだ。肝心なことを書いとらんぞ」ふむ、とベイ。彼は雑記カバーの僅かなふくらみに気付くと、隙間からそれを抜き取った。血痕と泥で汚れているが、部隊章のようだとロサはみた。それを照合にかけた所、電脳外部記録野に備えるアフリカ地域軍事保安企業総覧に一致する記録があった。ちょうどベイが部隊章に刻まれた名前を読み上げる。
「ソリッドスラスト──」行動班の間で結ばれたデータリンク上に、ベイが関連情報をアップロードした。
ソリッドスラストは新興分離独立国家を拠点とし、資源市場の過開発競争へ積極的に関与している準主権企業である。その実態は分離独立前のザラムの世相を色濃く反映しており、軍縮政策により国軍から離れた軍人を多く抱えている。経験豊富な人材と北アフリカ最大の軍事保安企業という側面を売りに、アフリカ各地で実績を重ねてきていた。
「それで、ひたすら北進にこだわっていたわけか。ザラムは、中西部地域から入って北アフリカの果て。そいつにとって、目と鼻の先だった。NA.MASCUの経済影響圏に入っていたが、惜しかったな」と、メイナード。ロサは補足した。「雑記の限りでは、ソリッドスラストは東部展開地域での権益を捨てて、経済影響圏への集結を目指したようだな。私たちはこの二カ月、それらしい勢力とは接触していないが……」
「ザラム近傍ですら、NA.MASCUは相当疲弊しているらしいな」と、ベイ。
アフリカ資源危機での軍事権益確保の為に発足した北アフリカ軍事保安企業連合の中核を担うのがソリッドスラスト社であり、その彼らが経済影響圏を維持できないほどの痛手を受けているのだとしたら、各地に散在する連合組織もまた無傷では済んでいないという推測は妥当だろう。
外資導入による利潤搾取に反発、強硬に排斥運動を展開した国家群への報復及び制裁に端を発したエンカルナ戦役に、NA.MASCUと敵対するEOEの尖兵として参戦した、ロサやベイ、ドラ、メイナードにとって、それは重要な意味を伴っている。
「戦況資料としての価値はあるようだ」と、ベイ。「私たちの目的に支障はなそうだな」と、ロサ。「居留区があるらしい、と言っとるしな」と、メイナード。
ロサらは、母体組織との勢力合流という目的を軸に、ザラム近隣に位置するコスタバレナ共和国へ向け各地を移動していた。コスタバレナは建国以前から、環太平洋地域を支配圏とするEOE筆頭企業のハンズが積極投資しており、アフリカ資源危機以降、EOEの飛び地影響圏として強い存在感を示している。
ハンズを母体組織、或いは友軍として関与するロサらは、戦役以降北上を継続し、敵支配地域を幾度もくぐってコスタバレナへの合流を模索する過程で、北部沿岸地域に難民居留区が形成されつつあるという話を、雑多な情報源から耳にしていた。
「若干疑ってもいたようだが」メイナードが一応、言及する。「信頼に足る情報を得にくい時勢だ。本人も言及していたろう」と、ベイ。
「まったく、長生きしづらい世の中になったもんだ」と、メイナード。吸殻を捨て、新たに煙草をくわえなおす。
任意情報を視界内に表示する副視界で小休止の刻限をで確認、ロサは腰を上げた。「この廃棄都市が各居留区への要衝と仮定すると、私たちの狙いが先を越されている可能性もあるんじゃないか」その提唱に、メイナードも同調する。
「市域庁舎の管理端末で得た情報の限りでは、難民救済センター内地下の災害時用食糧保管庫が戦役勃発後に使用された記録はない。だが、速やかに達成するに越したことはないな。仮定通りならば、尚さらといえる」
ロサらは食糧調達のために廃棄都市に立ち寄った。至急ではないが、安定した物品補給が望めない作戦行動の性質上、入手できそうなものはそうしておく必要があった。その周到さを徹底するベイの指針が、行動班を無傷で永らえさせてきていると、ロサはそう確信していた。
先行偵察中のドラから無線が入り、ロサはハンドシグナルで二人に示した。ベイ、メイナードの表情に緊張が介入する。出発の際は、ロサから連絡する手筈である。ドラのほうから連絡を、しかも脳波素子通信を使ってよこすということはその要件は決まっている。ロサは二人と通信体制を共有した。
『──ベイ、こちらドラ。未確認勢力を空域に確認。五時方向を見て、五分で通過するわ』
了解、とベイ。三人は視線で意図を交わし、上空を充分に視認できる幹線車道脇の市民休憩所へ移動、群生する椰子木の陰に身を潜ませた。
「空域の移動手段を持つとは、穏やかとは言えんな」と、メイナード。ロサは彼の口もとに視線を投げた。意図に気付いたメイナードが、吸いさしの煙草をつま先で消す。
時間は既に夕刻を過ぎ、濃紺の夜闇が周囲を覆い尽くそうとしている。
ロサは戦闘用義眼搭載の暗視界認識機能を起動、光源を増幅した暗緑色の視界がひらける。ほどなくして聴覚が大気の震動を捉え、次いで皮膚がそれを強く感じ取る。発振源はひとつだけではないようだ。
相当の規模だ──。ロサはざわめき始めた胸中を静かにさせた。
ドラの報告からちょうど五分後、幹線車道上のひらけた上空低高度を輸送ヘリの群団が縦断した。吹きつける突風が椰子の葉を荒々しく躍らせる。ロサが目視確認した限りでは、輸送ヘリの群団は計一五機で形成、機体形態は中型牽曳輸送機であり、レール下部の牽曳設備に戦力を吊るしていた。
搭乗式の外骨格活動補助システムの特徴を備えた機影を見て、判断に迷う筈もない。群団の後背を見送りつつ、ロサは呟いた。
「──陸戦機兵が、あれほど残っていたとは」
「印象だが、本隊戦力ではなさそうだな。陸戦機兵を運用可能な規模の母体勢力が、どこかにいるとみていいだろう。進行隊形は有事型ではなかったが、あの降下機兵部隊は、なにかしらの任務目標を持った斥候かもしれん……」
「妥当な推察だな。しかし、体制規模の戦闘は収束したと思っとったが」と、メイナード。さあな、とベイが淡泊に返す。「少なくとも、我々の関知する部隊ではないらしいが」
ロサは電脳外部記録野にアクセスしつつ、意見を述べる。
「NA.MASCUが制式採用していたのは、北欧航空機製造企業の汎用機ECH-13=AソリッドスラストはAAC-04/D≠セが、あの機影はどちらにも該当しない」
画像保存した群団を照会にかけ、ロサは続ける。
「が、トレイシーのGPH-02/A≠ノ酷似している。武装が若干違うあたり、増設型のようだ」「トレイシー? 南アジアのか」と、メイナード。そうだ、とロサ。「だが、妙だな。我々主力EOEも、NA.MASCU軍部もトレイシーの航空機は使っていない。トレイシーは南アジア方面の市場に特化して、アフリカ市場には資源危機以降もほぼ関与してなかったはずだが……」
「気にかかるな。ドラ、未確定動体を確認した」
『──群団、難民救済センター北西を通過。こっちは違うのかしら……』と、ドラ。
「別の市域庁舎へ向かっている可能性がある。未確定勢力の未確認勢力の動向を随時把握、戦力が降下した場合はすぐに連絡しろ。最寄りの庁舎まではどうだ」ロサは庁舎で転写した情報群を、データリンク上にアップロードした。
「群団勢力の現在座標から北西を直進して約二〇`、現状速度維持なら、一〇分程度で到着する。目的を私たちと同じ食糧確保と仮定して、陸戦機兵が難民救済センターへ急行してきた場合、三〇分かかるかどうか。吊るされていた陸戦機兵は大半が軽装降下機兵のようだが、確証はない。見たことのない機影だった。もしかすると、後継開発機かもしれない」
「だとすれば、厄介だな……」と、ベイ。
牽曳戦力についても既に照合していたが、ロサの保有する電脳外部記録野に一致する情報はなかった。
ベイの統率する行動班への合流以前に培った経験と記録から、その推測には一定の確度があった。エンカルナ戦役では戦時特需によって、いくつかの陸戦機兵規格が研究開発、実践投入に到達している。しかし、コンタクトネットワーク障害までに累積したデータベースの中に、群団の牽曳する陸戦機兵の情報は記録されていなかったのだ。
断定は難しいが、それらが戦役中期以降に開発された、全く未知数の新鋭機である可能性は非常に高いといえた。
まだ、戦役を続行する余力のある勢力が、どこかにいるというのか──。
「危険区域を迂回する我々の足では、安全経路の策定を含んで五〇分──。難民救済センター内食糧保管庫の設備を吟味する限りでは、進入から目標達成まで三〇分は必要だろう」と、ロサ。「ふむ。群団の降下安全確保と、空域庁舎端末から情報獲得にかける時間によるが、目的点での会敵の可能性は否定できんな。状況次第では、ひと手間必要になる」と、ベイ。
「面倒になるまえに、保険を用意しとくか」と、メイナード。賛成、とドラ。『警戒しておくことにこしたことはないわね。ベイ、あんたのカンは結構アテにしてるのよ』
ベイは僅かな間、瞼を下ろした。それから、淀みなく班員に指示を伝達した。
「傍受による位置特定回避のため、今後目的達成まで低出力無線を使用する。優先確保目標に修正を加える。最優先分類は当初通り、戦闘糧食、次いで個人装備品、同列に予備弾薬。嗜好需要品は火急の場合切り捨てる。ドラ、移動を開始しろ。我々行動班の後衛につき、状況偵察を継続。メイナード、ドラと共同して降下機兵部隊の予想進路を策定、状況に応じ妨害しろ。敵の対応に備え、第二・第三迎撃点も用意しておけ」了解、とふたり。
『──二〇_を棄ててないでしょうね』「寸前で救われたな」二〇_対物狙撃銃の収まった背嚢を担ぎなおして腰を上げ、後ろの椰子木の皮をコンバットナイフで剥いでポーチに収めた。
「どうした」と、ベイ。「水質濾材に使える。種子も欲しいが、時間が足らんな。状況によっちゃ逃すかもしれんというのに……」
メイナードの余裕にベイが苦笑する。ロサも呆れを交え、微笑んだ。
「私とロサは目的座標まで突出、可能なかぎり迅速に目標達成を計る。さあ、行動だ」
ロサはベイの視線を重ねてともに頷き、目標座標への最短経路を走りだした。
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